2011年8月25日木曜日

テント泊

教室の夏休み、だから日頃しにくい遊びをしている。”遊ぶ”というのは、エネルギーが要る。お任せツアーに参加するのではなく主体的に遊ぶのには、計画から準備、決断、そして実行と、結構気合がいるのだ。「よく遊ぶことはよく働くことにつながる」と言われるが、積極的に遊ぶことで生き方もそうなる・・・、そう思いたい。

ヨメさんは、あまり山が好きではない。しかしどこに行くにも、ほとんど二人で行動しているので、山も楽しめるようになってほしい。それで、いきなりハードな山ではなく、観光地に毛の生えたような楽な山遊びから慣れてもらう作戦である。子供が小さい時は、よくテントを担いで山でキャンプをしていたが、大きくなっていっしょに行かなくなってから、キャンプはしなくなった。日本では50代からキャンプ愛好家の数が激減するらしい。それとは逆に欧米では子供が手がかからなくなる60歳ぐらいから、キャンプを楽しむ人が増えるのだという。

写真は昨年買った二人用の小さなテントを持って行った日本の超有名観光地。場所がわかる人は多いのではないだろうか。小さいテントで心配したけど、予想以上によく眠れた。最近の軽量装備なら、総重量10kg以下でテント泊山行きができる。9000円ほども払って、詰め込まれて寝なければならない時の山小屋より、よほど快適だ。もちろん、雨には弱いので、天気をよく見通してから行くようにしている。



二つ目の写真は、とある湖のキャンプ場。20年くらい前に買ったダンロップの5人用だ。オートキャンプ場ではなく、駐車場から荷物を少し運ばねばならないが、こういう昔からのキャンプ場の方がたぶん快適だろう。山でなくても、車で簡単にいける快適なキャンプ場は探せばある。静かでトイレが清潔なのがいい。旅の途中で、急遽テント泊をしたのだが、これも快適だった。不便と引き換えに、夜のうっすら西の空の薄い光が写る湖面、森の夜の静けさ、どんなに高価な宿でも経験することができない。昔はこういう普通のキャンプを敬遠していたが、58歳となり、夫婦でキャンプをしてみて、その楽しさが初めてわかった気がする。



これから、キャンプ+サイクリングとか、キャンプ+山+観光とか、いろいろやってみたい。

2011年8月15日月曜日

ランの館

先日木工教室の暑気払いビアパーティーをした。お盆直前のこと、プライベートな用事で来れない方も多かったが、それでも合計18名集まって名古屋の「ランの館」へ行ってきた。ここはビアガーデンとしては初めての使用だったので心配したけど、ランの館の広い中庭を利用したバーべキューは、雰囲気もあり、ビアガーデンにしては食べ物も結構量があって美味しかった。スタッフが短期アルバイトさん達ばかりなのだろうか、飲み物の注文から出てくるまでの時間等はイマイチだけど、まあこの時期ビアガーデンならどこも同じではないだろうか。栄や大須から近く、普段とちょっと違うムード、ジャスの生歌もあって、穴場かもしれない。

自分はあまりお酒が強くない。缶ビール一本でほぼOK、2本飲むと気分が悪くなったりする。若い頃はあまり飲み会が好きではなかった。しかし、この歳になると、普段話をしたことがない人と話ができることが大変貴重なことに気がつく。特に若い方には、できるだけこういう機会に参加することをおすすめしたい。また、このような会の幹事を経験することも大変よい経験になる。幹事で一番困るのは、出欠がはっきりしないことだろう。幹事をやって楽しいことはまずないが、会への参加の仕方等で”人”が見えてくる。それが役に立つ。

話が脱線したが、一年に一度くらい、気楽な仲間とビアガーデンでぱーっとやるのは楽しい。

2011年8月12日金曜日

ブツブツ

政治の話は苦手だし、ブログで書くほどの知識もない。しかし、最近の報道を見ていていると?を感じることが多い。

テレビのニュース等では、ある時点(6月下旬頃か)から脱原発路線への批判を急に弱めたように感じる。また”菅おろし”の声も少なくなった。そして今ポスト菅が話題の中心となり、2日ほど前のNHKでは聴視者へのアンケート結果として、次期首相候補として一番ふさわしい人として、たった5%しか得票がないのにM氏の名前を挙げていた。どういう方法でどのような質問をしたのかもはっきりしないまま、具体的に有力首相候補として特定の名前を出すのは、NHKが世論をそのように誘導しようとしている、あるいはそれが既成事実であるというようなイメージ作りを意図していると考えるのは、行きすぎだろうか。また、ネット上の政治関係のブログでも、評論家が微妙に原発に対する意見を変えてきていると感じることも多い。中国の報道統制を批判するのは簡単だが、日本での報道へのどこかからの圧力があるのを読みとるのは難しい。

自分は原発反対だが、誰もが納得しやすい「脱原発」という言葉を利用して、さまざまな団体がその動きを純粋な目的以外に利用しようとしているのは怖い。今思えば、原発事故直後の東京の計画停電、あれは本当に必要だったのだろうか?いろいろ疑問はあるが、憶測だけでものを言うのは避けたい。いっそこの際、菅さんに”解散”をしてもらい、総選挙をしてはどうだろうか。