2016年6月30日木曜日

がんばれ南阿蘇応援ボックス

参院選が近い。ウーン、誰に、どこに・・・。もちろん政策は大切だが、結局は”人”だ。テレビの政党討論会を見て、「この人なら」と思うことはほとんどなく、逆に嫌悪感を感じる人が多いのは悲しい。「文句あるなら自分が出れば」と言われそうだが、自分の性格では無理とわかってるので、やはり立候補者の中から選んで、やっていただかないといけない(トホホ)、ですね。

さて、二か月ほど前の新聞で南阿蘇応援ボックスのことが紹介されていたので、買ってみました。
今回は日本酒とお蕎麦などの入ったのを注文しました。めずらしい品が手に入ったうえ、地震で被害をうけた南阿蘇地方の地場産業の応援にもなるとのこと。気持ちよく飲んでいます。5000円と1万円のボックスがあります。興味のある方は下記を見てください。

2016年6月22日水曜日

高所作業(^^;)

工房の天窓はいい感じだけれど、夏季には北側の作業台に日があたり、これを何とかしたいと思っていました。開設当初からスダレを張っていましたが、真夏にはこれだと不十分。良い解決策が見つからなかったのですが、先日ようやく実現できそうなプランを思いつき、ついに実行しました。

この年になると二段梯子での高所作業は恐いです。落ちたら、運がわるければ寝たきり?かも。梯子の上での作業はできるだけ簡単になるようなプランを考えました。





登ること6回、半日でなんとかここまでできました。


雨や曇りの日は遮光スクリーンを引っ張らずに垂らしておくだけ。また日差しの低い冬は反対側に引っ張って、天窓からの光をできるだけ入れるようにするつもり。

教室での生徒さん達の評価がどうなるか?具合がよいといいのですが・・・。

2016年6月6日月曜日

屋久島、鹿児島

5月は週末が5回あり、木工教室は休みのため、この時期に旅行しようと3月頃から計画をたてていました。今回は「国内で行きにくい場所に行ってみよう」ということで、娘が昨年行って大好きになって帰ってきた屋久島へ行くことにし、早期に格安航空券を買っていました。その後熊本地震が起こりましたが、払い戻し不可の航空券でもあり、予定どおり行くことにしました。

鹿児島までの飛行機は片道一人約3500円だっだんですが、高速船が片道一人約8000円(涙)。 それでもまあ安く行けた方だと思います。一日目は小雨の中、レンタカーを借りて屋久島を一周しました。世界遺産の領域にある西部林道は面白かったです。小型のかわいいヤクシカや猿が居るわ居るわ。

梅雨のような雨の日を覚悟して来たのですが、幸運にも次の二日間晴れました。まずは縄文杉トレッキングです。民宿のおじさんが弁当屋さんへの注文FAXを送り忘れるというトラブルがありましたが、同じ宿で登られる方にゼリーをいただいたり、非常食の魚肉ソーセージ5本をヨメさんとかじりながら登ることに。でも人間って覚悟したら、一日くらい食料がなくても大丈夫なんですね。長い長いトロッコ道を歩き、急な山道を登って、縄文杉まで無事行くことができました。樹齢については諸説あるようですが、いずれにせよ、人の一生と比べ物にならない遥か昔からこの山奥の地で生き続けている杉の凄さを感じずにはいられませんでした。

帰りもまた長い長いトロッコ道です。このトロッコ道はなんと現役です。施設の補修資材や糞尿、時には遭難した仏さんも運ぶことがあるそうです。路線バスで宿まで帰るには4時30分までに出発点に帰らねばならないのですが、なんと5分前到着。ギリギリセーフでした。

次の日、計画では私一人で宮之浦岳登山の予定だったのですが、昨日の疲れもあり、また有名な白谷雲水峡も行ってみたいので、こちらに行き先を変更しました。昨日の強行軍でお疲れの連れと別れ、一人で周囲の山々が見渡せる太鼓岩まで登ってきました。周囲100キロほどの島でありながら、2000メートル級の山々がそびえ立つ屋久島中央部は、山好きには本当に魅力的です。次回来ることがあれば、避難小屋利用の山中一泊で宮之浦方面の登山をしてみたいです。

奇跡的に天気に恵まれた屋久島をあとに、鹿児島にもどり、歴史好きのヨメさんがたてた計画にそって旧跡を回りました。歴史に疎い私ですが、熊襲や薩摩隼人のような中央の権力に従わず滅びていった種族の歴史がそこここにあることは驚きでした。自分もややそういう反権力的なところがあるので、共感することが多かったです。写真は隼人町に残る隼人塚です。

最後の夜に泊まった霧島の山奥にある民営国民宿舎の温泉と食事がすばらしく、また山が得意ではないヨメさんもがんばって縄文杉を見てこられたことも嬉しく、心に残る旅となりました。簡単に行けるところではないですが、機会があれば再訪したいと思っています。